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大阪地方裁判所 昭和32年(行モ)8号 決定

申請人 劉善慶

被申請人 大阪入国管理事務所主任審査官

主文

本件申立は之を却下する。

理由

申請代理人は、「申請人は昭和二十八年五月三日出入国管理令に基いて適法に本邦に上陸しその在留期間六ケ月の許可を受け、爾来昭和三十一年四月迄順次六ケ月毎にその在留期間更新の許可を受けたが、その後、申請人の在留期間更新の申請は許可せられず、ために申請人は収容令書により収容され、入国審査官は出入国管理令第二十四条に該当するものと認定したので申請人は右認定に対し異議申立をした結果、右認定に誤がない旨の判定があつた。そこで申請人は更に法務大臣に異議の申立をしたが法務大臣は右異議申立は理由がない旨の裁決をなし、右裁決に基いて被申請人は同三十二年四月三日申請人に対し退去強制令書を発布した。

しかしながら(一)申請人は同二十九年一月申請外大中貿易株式会社の設立に際してその要請により同会社に出資し、且、同三十一年十一月十七日同会社の監査役に就任し、以来今日迄同会社の役員として業務を担当し、同会社を営業を通じて日本国の貿易事業の発展に微力を尽している。

(二) 申請人は、同二十九年四月二十九日長崎県福江市小泊町六百五十二番地の一、広山熊吉の六女ヨシエと結婚し、その後夫婦間に二子をもうけ、一家四人が平和な家庭生活を営んでいるが不幸にして長女美華(二歳)は先天性脳性小児麻痺を患い長年に亘りその治療に努めているが未だ治癒していない現状にある。のみならず妻ヨシエは同三十四年八月十日迄本邦に在留を許可せられているのであるから右在留許可期間中は本邦に留まり医学の進歩している本邦に於て長女の治療に努めることは親たる申請人夫婦の義務である。

ところ、申請人が本邦より退去を命ぜられるときは愛児に対する右義務を尽し得ないことは勿論、妻子は翌日より治療費・生活費にもことを欠くに至る。

(三) 申請人は、本邦に上陸以来真面目に就労して来たため、生活も安定し、経済上の不安もないのみならず嘗て法規に牴触するが如き非行事実なく将来もかゝる非行をなす虞は全然存しない。

(四) 更に申請人は本国に両親、兄弟等の身寄りとてなく又生活に必要な住居、資産もないのに反し、本邦に於ては実弟が神戸市に居住し、知己も多い上に既に安定した生活を営んでいるため本国で居住することを強制することは苛酷な措置と云うほかはない。

右の如き諸事情は出入国管理令第五十条の特別許可若しくは同令第二十二条の永住許可をなすべき事情として考慮さるべきである。にも拘らずかゝる事情につき充分な審理を尽さないでなした更新の不許可、前記認定、並びに裁決は著しく不公平且妥当を欠く違法の処分であるのみならず申請人を生活の根拠のない本国に退去を命ずるは、基本的人権を無視するものであるから申請人は右退去強制令書の取消訴訟を提起しているのであるが右判決の言渡迄には相当の日時を要するところ、右判決ある迄に該令書に基く執行を受けるときは申請人は本邦で営む平和安全な家庭生活が破壊され且何等生活の基礎のない本国に放逐される結果その生存に危険をもたらすこと必至であるのみならず提訴中の本訴は勝訴の利益を享受し得ない等償い難い損害を蒙ること明白であるから茲に右令書の執行停止を求める」旨申立てた。

按ずるに出入国管理令第五十条に規定する法務大臣の裁決の特例も同令第二十一条に規定する在留期間の更新も本邦に在留する権利を設定する処分であつて第五十条第二十一条所定の要件を備えた者に対し在留の許可を受け或は在留期間の延長を受ける権利を与えたものでなく在留の許可を与えるべきか在留期間の延長を許すべきかどうかは行政庁がその当時の政治的事情その他を考慮して自由に定められるものとする趣旨であり唯右の許可についての行政庁の恣意を防止するため、同条に規定する要件を定めたものと解するのが相当である従つて申請人主張の事由を参酌することなく、特別に在留の許可を与えず又は在留期間の更新を許可しなかつたからと云つてもそれは行政庁の判断の当、不当の問題に止り違法の問題を生ずる余地はないから右の処分が違法であることを前提として退去強制令書発行の取消を求めるためになした本件申立は、却下することゝして主文の通り決定する。

(裁判官 藤城虎雄 松浦豊久 杉山修)

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